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再び岩の国へ8 [ア−トとの遭遇]

長々と旅日記を綴っていましたが、いよいよ最後。エレバンの街の事、もう少し。

ギュムリから帰って来た日はエレバン市の誕生祭の日でした。エレバン市のいろいろな場所でイベントが同時にある「学園祭」状態でした。タイムスケジュール表を訳してもらい、まずは2年前に出来たばかりの新しい通りへ。通りの中央にステージが出来ていて少女たちが民族ダンスを踊っていました。
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舞台の下では民族服の人々を大勢見ました。ステージに立つのかな?美人度がますますアップしてます。
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共和国広場近くの通りも美しく飾り付けられ、一応おまわりさんたちも待機してますが、ワクワク感満載。
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こちらにもステージがあり、美しい民族服の人々がいっぱい。晴れ舞台なんですね。2年前に来たとき、大学生たちが「伝統的アルメニアの衣装はほとんど着ない」と言っていましたがお祭りは別なのでしょう(お祭りなので正式なドレスよりは簡略化されているということもありそうですが)。
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美しいドレスを着られちゃ、いつもの女友達の筈なのにドキドキさせられちゃうよね。彼らは仲良くマイムマイムみたいなダンスを見せてくれましたが、その振付、ステップの複雑な事!よく覚えられるなあ。
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日が暮れてくると道路の上にイルミネーション点灯!昼間に見ると、道路の上に電線が渡っているだけみたいなんですが、こういうお祭りになると本領発揮です。
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本屋さんの前では人々がぎゅうぎゅうに押しかけていました。誰か有名人が来ているのかな。
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エレバンのお祭りは土曜日一日だけの事だったようで、翌日にはお店の前の飾り付けだけが残って、フツーの日が始まりました。ええ?あっさりしてるなあ。
 さて、もしエレバンに行くことがあったならゆっくり見てほしい場所の一つに古文書博物館があります。
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アルメニア人は本を命のごとく大切にする歴史があり、異民族に攻め込まれて生きるか死ぬか…と言うような時にも貴重な書物を壺に詰め、教会、修道院などの床下深くに埋めて守っていました。そのため、アルメニアにしか残っていない古文書も多いのだそうです。今では世界中の貴重な古文書も収蔵されています。お金を払うと館内を自由に撮影させてもらえます。
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古文書博物館はちょっと小高いところにあります。ここから中心地を見るとこんなふう。ここも木に囲まれて気持ちのいい場所です。
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エレバンと言いギュムリと言い、街中に大きな木が沢山あるのはソ連から独立した後の度重なる不幸で暖房にも事欠き、子供たちですら真冬に郊外まで薪にする木を探しに行かなければならなかったこともあるのではないかと思います。  そんなことを知っているとは思えない現代の子供たちが私ら東洋人を見て大喜びで手を振り叫びます「ニーハオ!」。いや~、この2年のうちにどんだけ中国人が押し寄せたんでしょう。
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エレバン中心地から離れた場所に新しいショッピング街が出来ているようで、タクシーでそんな街を通り過ぎました。高速度道路も中国の協力で整えられているのを見ました。いたるところクラッシュアンドビルド。そんなこともあり、街中で大きなミキサー車を目にしました。でか!
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街で見る車は確実に高級で高価な新車が多くなりました。
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中心地のお店は古い建物の中にあるので規模の小さい物が多いです。これもきっと2年後ぐらいには変わっちゃうのでしょうね。おもちゃ屋さん、洋服屋さん、ちょっと街外れのコンビニ(?)
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ホテルの近くにあった小さいスーパーの瓶詰コーナーに醤油発見!エレバンにも、日本料理なのか寿司屋なのかよく分からないお店があって、寿司を食べることができるそうですがかなり高いのだとか。味…どうなんでしょう?アルメニア料理のレベルが高いだけに、テキトーなものでお茶を濁してほしくないです。
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共和国広場の横では週末になると蚤の市があり、お土産物になりそうなもの、日常に使う道具類、絨毯、絵画等々良いものからガラクタまで並び、とっても賑やかです。店主さん達と値段の交渉するのも楽しい体験です。週末だけかと思っていたら出店数はかなり減りますが平日でも開かれていました。お客さんが少なくて撮影するには好都合。エレバンを去る日の朝、出かけてみました。
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こうして今回もたくさんの思い出をこさえて岩の国を去って来たのですが…。
帰りのアエロフロート、モスコーから成田までは10時間。2度食事が出ます。2年前の教訓で帰りの食事は強烈に不味い!と心の準備をしていました。
が!最初の食事…どうしたの?美味しくなっている!苦情が殺到して改善したのかしら。完食しました。
 ふう、これなら2度目の食事が楽しみ…なんてうきうきしてたら、さすがアエロフロート期待は裏切らない、安心してて油断した分ダメージは大きい。全体重を乗せた破壊力あるパンチが繰り出されました。激マズ!!!!!一口も飲み込めない。
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撃沈している自分のマヌケさに笑いが止まらなくて、私とは違うメニューを選んだ仲間に感想を聴いたらそちらも激マズだったとかで、彼も笑いが止まらない状態でした。ロシアのオ・モ・テ・ナ・シは厳しいぜ!

でもフォーチュンクッキーから出てきたメッセージはとっても嬉しい内容でした。オツな事するじゃないか、アエロフロート。
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再び岩の国へ7 [ア−トとの遭遇]

日々美しさを増すアララト。ホテルの屋上から。
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アララトは2つ頂きがあります。大アララトの横から噴火したのが小アララト。小アララトは富士山そっくりで高さも同じぐらい。大アララトは5000mを越えます。ノアの方舟が漂着したとされる山です。
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広い野山越しにアララト。見飽きない美しさ。
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今日はセバン湖方面へ出かけます。その前に初めて来た人たちのためにゲガルド修道院に行きました。
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岩をくりぬいて作られた修道院です。
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ゲガルドとは「鑓」の事。キリストが磔刑にされた際の鑓が大切に保管されていたためにこの名が付きました(鑓は現在はエチミアジンの宝物館にあります)。木製の扉には鑓が彫られています。
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セバン湖へはドライバーさんがすんごいスピードで走っていきます。琵琶湖の2倍の大きさだそうで、行けども行けどもセバン湖。湖の近くにはノラドースという紀元前からの墓地があります。
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貴重なハチカル(石碑)が沢山あるのですが風化していくので、日本の大学教授が拓本を取っています。何年か前の代官山でのアルメニア文化週間展でそれを展示していました。
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台地の上に広がる広大な墓地。高地特有の強い日差しと風、日陰の寒さ…。何も知らなくてもこの大地に刻み込まれた物語が心に語りかけてきます。
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ハチカルを彩るオレンジ色は苔なのだそうです。不思議な明るさをもたらします。
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ここからデリジャンへ。セバン湖はリゾート地なのでほど近いデリジャンは観光地らしく、工芸などを体験できる施設や、お土産物など充実しています。上高地か軽井沢と言ったところでしょうか。
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ここらは緑豊かです。荒れ野のような所ばかりを見て来たのですが、こういう所もあったのですね。
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帰り道、やっと車を止めてもらって、セバン湖を眺めました。
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右端の崖の上にはぽつんと教会が。
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向こう側は山が沈み込んでいます。
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岸辺の花たち。枯れているけどとてもきれい。持って帰りたかったなあ。
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帰り道には黒曜石の山がありました。灰色の山肌から覗く黒い部分が黒曜石。
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拾いまくる人々。 重いしかさばるから私はいいや、と眺めていたら拳ぐらいの大きさの、武器にもなりそうなヤツを進呈されました。護身用になるかな。黒曜石は矢じりや刃物として使われていた石。なかなか頼もしい武器になりそう。
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エレバンに戻ってきたら、アート展に参加した日本人、アルメニア人のためのコンサートが開かれました!子供たちの民族楽器の演奏が特に印象に残りました。
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画像は「仮面舞踏会」を演奏する少年少女たち。浅田真央さんをはじめ、フィギュアスケートではよく使われる曲ですが、作曲者のハチャトリアンはアルメニアが誇る大作曲家なのです。
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再び岩の国へ6 [ア−トとの遭遇]

ギュムリからエレバンに帰って来てから、連日アララト山がくっきり見えました。アルメニア人に言わせると1年のうちでアララトがはっきり見えるのは40日ぐらい、なんだそうです。私たちがギュムリに行っている間にエレバン方面は大雨だったという事なので、空気が洗われたのでしょう。
お昼過ぎから郊外へ遠出しました。道すがらアララト撮影。
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田んぼから見た富士山?いえいえ、アララトの手前は牧草地。
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標高の高いアルメニアはお花の季節は終わりかけ。ゼラニウムっぽいけど何なのでしょう。ここらコーカサスあたりは植物の原種が沢山あり、植物を楽しむツアーもあります。
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綺麗なアララトに歓声を上げ、長い車旅の後着いたのは赤い岩場が屏風みたいに連なるところ。
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2年前にも来ました、ノラヴァンク。
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いざ、内部へ
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入り口のレリーフは異民族に襲撃されないように、異民族の顔に似せて彫っています。こういうレリーフが他の遺跡にも時々見られ、大陸の中の国って大変な思いで生き延びて来たんだなあ…と島国の幸運を思います。
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2年前はここで神父様が赤ちゃんを祝福していました。
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あの時の神父様は今回のアート展でも素敵な風景写真を展示していましたが、この日はお留守でした。2年前より早い時期に来たので谷間の秋景色を見ることが出来ました。アルメニアの秋は緑から黄色へのグラデーションが多い様で赤色系はそんなに多くありません。黄色寄りのため、大変明るい風景となります。
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帰り道、ワイン蔵に寄りました。
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コーカサスあたりだとジョージアのワインが名高いですが、これはソ連時代にジョージアがワイン担当、アルメニアはブランデー担当になったため。ワイン自体は自家用でずっと作られていましたし、5000年前のワイン醸造所(岩山の割れ目の奥深くにありました)の遺跡もあります。この頃は販売用のワインにも力を入れているようです。赤ワインを飲んだのですが、とてもおいしかったです。チャンスがあったらイケる方はお試しあれ。
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再び岩の国へ5 [ア−トとの遭遇]

ギュムリから帰って、アート展の搬出などをしながらも、ちょっと郊外まで2度ほど出かけました。アルメニアは古い国なので情感ある観光ポイントがいっぱいです。2年前よりも観光地化されているところもあり、トイレが整ったりお土産売り場がちゃっかり出来てたり…。仕方ない事なんですが素朴なアルメニアを見たければなるべく早いこと行ってみた方が良さそうです。
 で、朝早くから車に乗り込みズヴァルトノツへ。ここは7世紀に高さ49メートルもある3階建ての巨大な教会があった場所です。
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教会は10世紀の大地震によって崩壊してしまったそうです。アルメニアも日本同様に何度も巨大地震に被災しています。復元を試みたそうですが無くなってしまった石が多くてあきらめたそうで、残された石には組み立てるための番号が振られていました。遺跡には美しい彫刻が施された円柱が残っています。
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遺跡の横の博物館には真ん中から割れて中の構造を見ることができる模型があります。
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崩壊した石には植物やいろいろな職業の人々などが彫られていました。
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日時計も。真ん中の穴に棒を差し、影の位置で時間を見ます。アルメニアは数字を文字でも表すので、日時計の下側の文字はこの場合、数字です。
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ズヴァルトノツからちょっと行くとリプシメ教会。非キリスト教徒のローマ皇帝の求婚を断ってアルメニアに逃れ、布教活動をしているところを今度はアルメニア王(非キリスト教徒)から求婚される…という女性がリプシメ。求婚を断ったがため石打の刑で殺された地に出来たのがこの教会。小さめの教会ですがお花畑に沿って参道がある愛らしい作りです。石段を上って行きます。階下はお土産屋さん。ここは2年前にもありました。
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内部の祭壇。この横から地下に降りるとリプシメのお墓があります。
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リプシメにプロポーズした王様は布教に来たグレゴリウスを深い穴の中に13年閉じ込め(ここがホルビラップ:深い牢獄修道院)その後にキリスト教に改宗し、彼と作ったのがエチミアジン大聖堂です。
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2年前も補強なのか改修なのか工事中でしたが、その時より工事現場が上の方に移ったような。日曜礼拝で大変賑わっていたので、横からの撮影です。
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美しい鐘の音が響き渡る中、聖職者たちが教会に入って行きます。
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私たちもちゃっかり入れてもらいました。歌うようなミサ。神父様は声がとても素敵。良く響く声が神父様の要件にあるのかな?
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パラジャーノフの映画の一コマみたいです。彼の美意識の中にはこういう体験もしみ込んでいるのでしょう。
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沢山の人々でぎゅうぎゅうの教会内部ですが、柱やシャンデリアを撮影してみました。バチカンとはまた違う美しさです。
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私も人々に交じってろうそくを立ててきました。教会の宝物館は改修中で、今回は見学できませんでした。
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礼拝が終わり満足げに出てくる人々。日曜日は毎回こんな感じで大勢が参加するのだそうです。アルメニア正教の総本山ですものね。ちなみにアルメニアは301年、世界で最初にキリスト教を国の宗教に定めた国です。
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この後、エレバン市内に戻り、搬出作業をして、それぞれ自由行動となりました。私は人形をきちんと梱包し直すためホテルに居残り、夜はスーパーでお惣菜を買って部屋で食べてみました。スーパーの量り売りと言ってもかなり美味しいし種類も多い。これはこれでいろいろ試せて楽しい体験となりました。
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再び岩の国へ4 [ア−トとの遭遇]

ギュムリの中心地は市庁舎のある広場。そこから延びる遊歩道はどうも昔の面影を再興している通りの様です。
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その遊歩道を入って間もなくの建物に美術館はあります。美しい鉄の門をくぐっていくと、中庭も秋の景色で輝いています。
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私たちの展示は、今回新たに改装して画室となった部屋で、こけら落としの催事なのだそうです。自分の展示を撮るのが精いっぱいで、全体像を撮り忘れました。とほほ。素敵なお部屋だったのに…。
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搬出は美術館のスタッフがやってくれてエレバンのホテルまで送り返してくれる…と言う事だったので、扱いが面倒でない作品は?と考えて「匣のことり」シリーズの中から2つ選んで持って行きました。小さな作品だし壁にかけてもらえればいいや、と思っていたのですが、お部屋の中心に展示してもらえました。やったー!今回、どこの会場でもとても良い場所に展示してもらえました。
 お部屋の外はアルメニアの建物独特の木のテラス。建物は石造りだけどテラスが木のせいか、なんだかとても居心地がいいです。
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オープニングも、部屋がぎゅうぎゅうになるほどお客様が来て入りきれないほどの大賑わいでした。私の作品も手に取って小さな世界を覗きこみ、じっくり鑑賞して下さる方が大勢いて、とてもうれしかったです。ここでも「にわかオバちゃんアイドル」状態になってしまい、アルメニアの美女との記念撮影が繰り返されました。あの賑わい、法螺じゃないよと証拠写真を撮っておけばよかったなあ。

さて、自慢話はこれぐらいにして…。
私たちが止まったホテルは正式にはベルリンホテル、という名前です。2年前にも書いたんじゃないかと思いますが、88年のスピタク大地震はギュムリも相当な被害を被り世界中から支援を受けました(日本も相当な支援をしたのでアルメニアの人々は大変に感謝しています)。ドイツはここに病院を建てて支援しました。そこがホテルとなったのでベルリンと名乗っているのです。見るからに病院、といった建物ですよね。
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2年前はここまでの話だったのですが、実はホテルは全体の建物の半分だったのです。渡り廊下の向こう側に、もう一棟建物があり今はだれでも無料の診療所となっていたのです。公立なのですがベルリンホテルも援助しているそうです。ベルリンホテルはアートホテルでもあり、ホテルのいたるところに展示しているアート作品は販売もされます。その一部が援助金になっているというわけです。ホテルと診療所の関係を知るアーチストからは作品の寄付もあり、病院内に展示されています。
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ホテルは中心地からとても近いのですが、周りは静かな住宅街です。
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住宅の外には所々にベンチとテーブル。近所のみんなと気軽に集う場所なんでしょうね。ちょっと前には東京も川沿いに夕涼み用の縁台がある所があり、東京っていいなと思ったものでした。
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大きな木に埋もれるような住宅地。つつましいけど豊かな暮らしを感じさせます。
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売りに出されている大きな家を発見。
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鉄の格子の扉が素敵。アルメニアではこういう美しいものをいたるところで見ます。
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思うに、アルメニアの伝統的な石造りの家は石を積み直せばいくらでも修繕化可能な感じがするので、朽ちているようでも売り物として大丈夫なのかも。
 陽だまりで猫と遭遇。寒い地域だと動物は大型化すると聞いたけど、アルメニアで見た猫たちは皆小柄でした。猫も犬も可愛がられているようで険しい顔つきの者や威嚇してくるような者には出会いませんでした。
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ちょっと行くと青空市。いろいろなお店があり日本とは違う野菜や果物が売られています。食い意地が張っているので興味津々。果物は小ぶりですがさっぱりした味でとてもおいしいです。寒暖の差が激しいからなのでしょう。
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中心地に引き返して
白い建物が市庁舎。黒い教会は一番重要な教会です。
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黒い教会はスピタク大地震の時ロシア正教会と(ありゃ、ど忘れ、もう1宗派)がアルメニア教会の中に引っ越してきたので、3宗派が中に納まっているたいへん珍しい教会です。
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もう1宗派、思い出しました、ギリシア正教でした!

祭壇がゴーヂャスなのはロシア正教会様式なんだからだそうです。
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黒い教会の向かい側の教会、今回は入る事が出来ませんでした。黒い石と茶色い石のコントラストが美しい
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この教会も大地震の時は入り口の壁を残して崩壊したものを修復したのだそうです。教会に沿って並ぶハチカル(アルメニアの石碑)石に掘った模様がレース編みの様に繊細です。
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街のあちこちに置いてあるベンチ。エレバンとはちょっとデザインが違っています。
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アルメニアの人々も「ギュムリが大好き」と言うだけあって、何とも魅力のある街です。ほんとはもっともっと写真を載せたいんですけどね。
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再び岩の国へ3 [ア−トとの遭遇]

エレバンでのオープニングを済ませ、今度はギュムリでのアート展の搬入です。ギュムリはジョージアとトルコとアルメニアが国境を接するあたりに近い古くからの都で、エレバンよりぐぐっと朝夕の冷え込みが強いです。エレバンの中心地をちょっと外れたあたりにはアルメニア特産のブランデー工場が2つあります。ソビエト時代には1つの工場でしたが独立後、半分だけフランス資本が買い取り(これが有名なアララトブランド)、
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もう半分はアルメニアが自分たちで続けて行ったそうです(こちらはノアというブランド名です)。
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二つの工場は1本の橋の向こうとこっち。この橋は酔っ払い橋とも呼ばれているそうです。ブランデーの匂いで酔っぱらってしまうというわけ。

道はどんどん人気が無くなって行きます。「コーカサス」ってこんな感じ?と私が思っていた通りの風景が延々と続きます。
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遠くにぽつんと赤い屋根の可愛い教会が見えました。その屋根の色から「赤い教会」と呼ばれているとても古くて小さい教会に着きました。
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中にはフレスコ画が。真っ黒だった壁をワインで拭いて絵をよみがえらせたそうです。
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小さいけれどこの辺りではかなり重要な教会なのだそうです。教会の麓には絵本のような街並みが。
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手前の可愛い二つの屋根は民家ではなくて、実は世界最初のカフェだった場所だそうです。家畜の強壮薬として食べさせていたコーヒーの実を粉にして抽出するということを考え出したのだそうです。
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赤い教会を後にして、まだまだ続くよコーカサス。
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休憩で立ち寄ったガススタンド(ガソリンではありません、ガス自動車が多いんですアルメニアは。馬力は無いけどガスの方が1/10の値段なんだそうです)で出会ったひげの立派なおじさん。感心してたら写真を撮れとのこと。自慢のひげなんですね、面構えもカッコいいですよ!
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そしてまだまだ続く何もない原っぱ。と思っていたら小さな村に到着。
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ここの岩場には祠があります。
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中には村人たちの大切なものが飾られ、納められています。自分の大切なものをここに置いているんだそうです。頑丈な岩の中なので家の中より安全かも。
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湧水もあり、みなさん飲んでいるとかでコップも置いてあります。2年前、タテフ修道院の湧き水を飲んで大丈夫だったので(もう一人、飲んだのですが彼女はその後水アタリになりました)ここでもおいしく頂きました。私、元が山岳民族(長野県人)だしね、湧き水へいちゃら。
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聖なる祠の湧き水で体の中まで清め、さらに続く荒涼としたコーカサスの大地…。おや、線路発見。2年前はあの鉄道でふるーーい電車を素敵に改装したイベント列車でギュムリに行ったのでした。もうすぐギュムリに到着だ!
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今回も宿泊はアートホテル。アートホテルのシンボルマークはクマ。黄色い陽気なクマがお出迎え。
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荷物をおろし、すぐにアート展会場の美術館に向かいました。市の中心地の古い街並みを再現した遊歩道に美術館はありました。
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中では子供たちが授業を受けています。極東アジア人の団体を目の当たりにして大喜び。だいぶ中国人の旅行客が増えているんですが、まだまだアジア人は珍しいんですね。
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展示作品を会場に置き、梱包材料もわかるようにして会場を後にしました。美術館の館長とスタッフが全体のバランスを見て飾りつけてくれるそうです。明日が楽しみ。
 夕暮れた帰り道、アルメニア側のプロモーター兼通訳の方が「お連れしたい場所があるけどそこがどこかは秘密!」と、急きょミステリーツアーとなりました。郊外の小高いところへ連れて行かれ、いかめしい門を開けてもらって更に上り詰めると…。着いたところは「砦?」
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ギュムリは何度も戦場となった場所です。トルコとの大虐殺を巡る戦いの時もここが戦場になっていたはず(うろ覚えで確信が無いんですが)橋を渡って砦らしきものの中に入ると…やっぱり砦!
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屋根で覆われ、中央にはステージが出来ていますがどう見ても砦!どうも改装してホテルになるみたいです。まだ工事中なのですが特別に入れてもらいました。2階のバルコニーはきっと各部屋の宿泊客専用の観客席になるのでしょう。私たちが入ってきた扉の内側は大変綺麗なステンドグラスです。
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砦ホテルの屋上から見たギュムリの街。絵本の様だね、と誰かが言いましたが、まったくそのとおり。
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ふう、長い日記になってしまいました。ギュムリの街の美しさ、アート展の様子はまた明日。
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再び岩の国へ2 [ア−トとの遭遇]

アルメニアは高地にある国です。そしてエレバンはそんな全体が高地の国の中に、お盆の様に鎮座しています。画像を見ると背景が途中でぐぐっと高さを増しているのが見て取れるんじゃないかと思います。まさにお盆の縁です。
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ソ連からの独立の混乱期にスピタクの大地震が重なり、さらには周辺国との戦争も何度かあり、ここ10年ぐらいでやっと成長する準備が整ってきたのだそうです。なので古くて美しい建物が朽ち果てていく横で新しいビルもどんどん建てられています。
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今回私たちが宿泊したホテルも2年前に工事中だったビルでした。14階のホテルの部屋のベランダから見えるエレバン中心部。古い家がどんどん潰されているのがよく分かります。近代的なビルの方が便利なのは確かですが独特の美しい建物が滅びていくのはとても切ないものがあります。
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さてさて、今日は芸大ホールと工芸博物館のオープニングが時間差で開かれます。ドキドキしちゃう。
まずは芸大ホールから。実は私、ちょっとしたトラブルがあり遅れて会場に行ったので、到着した時にはアルメニア人、日本人、入り混じって大盛況の状態でした。
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私はこの会場には藤色の着物の少女人形を展示しました。今回のために華やかさが増すよう杏色の帯締めを足し、桜の枝(造花ですが精巧に作られたものを見つけました)を持たせました。
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なんと真正面の一段高いステージのど真ん中に展示して頂けました。きゃー!特等席!着物を着ていたからかなあ。やったー。
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両サイドはアルメニアの作家さん達の作品。ガラス作家さんの、鉄も使った衝立の作品がとてもきれいでした。
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芸大生たちもたくさん見に来てくれて、私の人形はとても喜ばれ、一緒の写真に納まるように頼まれて何度も記念写真を撮りました。私の人生で、こんなアイドル並みのモテ期が来ようとは!人形を作っていて良かった…。
にわかオバちゃんアイドルは次の会場を目指して後ろ髪をひかれつつ芸大から工芸博物館へ移動。
ここは建物もそこらじゅうに展示してある工芸品もとても素敵で、パラジャーノフ博物館の次ぐらいに好きな場所です。階段の途中の嵌め殺しの窓の鉄枠さえも繊細に美しい。
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レセプションが始まるちょっと前に到着しました。窓から入ってくる日差しが清々しく、長野に似ているなあ…と感じました。空気が澄んで冷たく緊張感があるところ、湿気が少ないところ等、気候が似ているのです(アルメニアの方が冬は比べ物にならないぐらい過酷なのですが)。
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私の展示は前回と同じ場所です。今回はアルメニアの人形作家さんと交互の展示となりました。
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昨年にアルメニアドレスの人形を作った時、彼女らをこの博物館に連れて行きたいと強く願っていたのでとても嬉しい。素晴らしい収蔵品のあるこの博物館、ここで展示をしても恥ずかしくないものを作たかった。私が日本の着物の生地を使って作ったアルメニアドレスの少女をアルメニアの皆さんはどう感じるのでしょうか。
アルメニア作家さんの作品を挟んで二人の少女が呼応するようなポーズで展示しました。
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アルメニア人作家さんの人形はスキタイの王様と妃たち、チンギスハーンと妃たち、だそうです。チンギスハーンの妃の一人は日本人だとかで、そういえば日本風ですね。でもそんな話は私ら日本人達はみんな初めて聞いたのですが、ホント?
開会のあいさつには日本国大使が来て下さいました。早めに来て下さったので、作品の説明なんかさせていただきました。2年前にアルメニアのギャラリーオーナーさんが私の振袖のお人形の着物の模様を見て「アルメニアの模様と共通するものがありますね」と言った事、ハチカル(アルメニア独特の美しい模様彫刻のある石碑)を見た時、絞りで作り出す模様と似ていると感じたこと、帽子と胸当てに使った西陣織は京都の職人がペルシャやトルコなど(つまりアルメニアを中心としたあそこら一帯)の高価な絨毯や敷物を研究した織物であること…等々。絨毯云々は昨年の個展時に近世のそういった風俗研究をしている方からの受け売りですが、ね。
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しかし私のこの話を聞いた大使は『よっしゃー!今回のご挨拶の掴みはコレでいける!』と思ったんでしょうね、さっそく皆さんに向けてスピーチ。私もお話した甲斐がありました。Tさん、あなたからの受け売り、大使にも売りましたよ。
 私のアルメニアドレス人形は大変好評で、皆さんとても嬉しそうに褒めてくださいました。「こんなのはアルメニアのドレスじゃない!」と冷笑されるかと心配していましたが、男性も女性も、若い人も年上の方も、大変喜んでくださり、ここでも「にわかオバちゃんアイドル」になれました。

賑やかで晴れがましいオープニングを2つこなし、私たち日本人達は公園の中の素敵なカフェで一休み。そこで、その日がお誕生日だという人が2人いることが判明。カフェのお兄さんにお祝いのケーキになるようなものがあるかと相談したところ「任せろ!」。しばらく待っていると素敵に盛り付けた果物のお皿が!
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そして一人用のケーキを組み合わせて華やかにしてろうそくと花火を飾り付けてくれた物を運んできてくれました。
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こういう細やかな心使い、優しい気持ち、「アルメニアあるある」なんですよね。
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再び岩の国へ1 [ア−トとの遭遇]

あたふたと旅の後始末をつけているとブログまで手が回らなくなりました。が、なんとか少しは画像を整理できたので、旅日記始まり始まり…。
素敵な晴れ空、飛行機の下に広がる日本の端っこ。いざ、海を越えて大陸を越えてアルメニアへ!
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アエロフロートの食事を美味しく頂く(前回は帰り便で激マズの食事にご対面。行はナリタで仕込んだ食事だけど帰りはモスコー製のお食事、噂にたがわぬお味でした)。
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大陸上空では何回か光り輝く河を見ました。のたうつように蛇行し、三日月湖を従わせる姿。河って生き物なんだなあ…。
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アルメニアの首都エレバンに着いたのは夜中。ホテルのテラスから外を伺うと、なんとなく見覚えがあるような。今回のホテルはもしかして2年前のホテルと近い場所なのかな?
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翌日起きて再度テラスへ。見覚えがある建物を発見。2年前のホテルの前の公園に沿って建っていた古い建物では?
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朝食後、アート展会場への搬入前にちょこっと時間があったので散歩に出かけました。私の感は当たっているかな?  おお!見覚えのある建物発見!
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ここをまっすぐ行けば2年前のホテル…当り!ホテルの前にはとても気に入っていた素敵な公園。懐かしい…。
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そうとなれば「勝手知ったるエレバンの街角」、角を曲がってちょっと行けばスーパーマーケット。
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エレバンの街は壁のように建物が続くけど、所々にアーチ形の通り道があり、奥は静かな住宅地になっています。アーチの中にも素敵な看板が。アルメニアは経済的にはまだまだ苦しいのでしょうが、暮らしを素敵にする美意識が高いようです。
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中の住宅地。手すりみたいな太い管はガス管だそうで、いたるところでガス管を見ます。田舎でも家ごとの区画なのかと思えばガス管でした。
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会場へ搬入する前に、日本国大使館へご挨拶に伺いました。私の人生で大使館にご挨拶に行くことがあるなんて!!
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エレバンでのアート展は2会場ありました。まずはアルメニア国立芸術大学のホール。芸大では絵画彫刻デザインの他に服飾なども学べるそうな。
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もう1会場は2年前にも展示した民族伝統工芸博物館。ここで見たアルメニアの伝統工芸のレベルの高さにびっくりしたので、ここで作品を展示してもらえることはとてもうれしいです。
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展示し終わって、明日がレセプション。博物館からホテルまではちょっと遠いので地下鉄に乗って帰ることになりました。地下鉄の駅まで歩いていくと、途中に地下道が。階段にはこれまた懐かしい、古本の店が…。
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地下鉄ではプラスチックのコインのような切符を買い、それを改札口に投入するとバーが回転して構内に入れます。下りのエスカレーターは超高速。事故、起きないのかなあ…。
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到着した駅から地上に出ると…2年前にも来たことがある駅でした。すっかり忘れてたけどここから乗ったのね。
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更に階段を上れば…共和国広場!ここから私たちのホテルはとても近いのです。土地勘があるのでここまでくれば、もう(私は)迷子の心配はありません!えっへん。
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その後は初めて来た人たちと、街をちょっとブラブラして夕ご飯を食べて早めのお開き。みんな長旅でくたびれていたし、明日は2会場でレセプションなので、パワーをキープしとかないといけないしね。
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「星めぐり展」の作品 [ア−トとの遭遇]

昨日搬入してきました。ぎりぎりで2作品が完成したので展示した様子をアップします。猛烈に暑いんでこのためだけに銀座に来てね、とはお願いできないんですが、まあ、何かのついでがあったら見に来て下さいな。
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「星めぐり展」のお知らせ [ア−トとの遭遇]

アワアワと額縁箱を作っていたのは明日からの「星めぐり展」に展示するため。なぜこんなに慌てふためいているかというと参加するのを決めたのが2週間前だったから。まだ泥縄を綯っている最中なんですが。星座の冠の少年2体をそれぞれ額縁箱に収めて展示します。
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アート展なので他の作家さん達の分野違いの作品も楽しみ。銀座にお越しの折にはぜひお寄りください。
●星めぐり展
会期:7/13(木)~7/18(火) 12:00~18:30(最終日17:00まで)
会場:Gallery銀座一丁目 中央区銀座1-9-8奥野ビル4F
※参加が遅れたためDMに私の名前はありません。

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たば塩で遊牧民 [ア−トとの遭遇]

たば塩こと「たばこと塩の博物館」へ久々のお出かけ。「西アジア遊牧民の染色」というお題で絨毯、キリム、塩袋、テント袋などが展示されています。絨毯とかキリムとか、専門店でじっくり鑑賞するのは度胸がいる。その点、博物館はどんなにしつこく眺めていても大丈夫。じっくり見てみると模様の中に楽園が描かれているのがよく分かり、この敷物と共に遊牧する民となったワタシを妄想するのはとっても楽しい。右と左と同じ模様の絨毯がそれぞれの側で技の優劣があったり色味が違っているのはきっと親子で並んで作ったんだろうな。親に怒られたり褒められたりしたんだろうな(もちろん私の妄想)。
実際に使われていた塩袋(今回の展示物)は装飾らしきカラフルな房がいくつも付いている。現地でお土産品として売っている袋(博物館が以前からコレクションしていた物)には付いて無い。厳しい遊牧の暮らしの中でもこんなおしゃれを凝らすのはどこの誰でもみな同じなのね。
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棚からフグ刺し [ア−トとの遭遇]

「一緒に行くはずだった人の都合がつかなくなっちゃったので」ということで誘われてしまいました、NODA・MAP公演”足跡姫”。キャストは宮沢りえ、妻夫木聡、古田新太、佐藤隆太、鈴木杏、池谷のぶえ、中村扇雀、野田秀樹。ええー!ゴーヂャス!!行きます行きます、池袋!  見終わって…大満足。面白かった~。テンコ盛りのお話が疾走して疾走して最後まで一気に突き進んでいく。舞台美術や衣装もとてもきれい。ああ、このラッキーは棚から「牡丹餅」なんてもんじゃない、フグ刺しの大皿が一糸乱れず落ちてきたってもんだわね。満腹~!。
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アートマルシェ2016展のお知らせ [ア−トとの遭遇]

急なお話なんですが、ギャラリー銀座一丁目(私の個展会場だったギャラリーです)さんの年末企画アートマルシェ(フランス語だとアールマルシェなのかな?)展に参加させていただくことになりました。なにせ急なお話なのでDMには私の名前は載っていませんが。
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着ぐるみのチビちゃんビスクが引き続き登場します。おお!丸い透明パッケージに花とリボンが飾られている着ぐるみチビちゃんは、まさに企画意図の冬のプレゼントにぴったりなのでは?(いつもの手前味噌)

Art Marche' 2016
会期:2016.12/22(木)~26(月) 12:00~18:30(最終日17:00まで)
会場:Gyallery銀座一丁目 中央区銀座1-9-8奥野ビル4F
※約20名の作家たちがキラっと素敵なアクセサリーや小物などを展示販売します。銀座のクリスマスを楽しく散策しがてらお立ち寄りください。
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「たば塩」へ行く [ア−トとの遭遇]

渋谷から引っ越ししてしまった「たば塩」こと「たばこと塩の博物館」へ行く。小林礫斉のミニチュアを見て以来たば塩はお気に入り博物館の一つだったけど、私の巣から墨田区は遠い(なじみ無いし)。でも新聞に出ていた今期の催事「根付と提げ物」の記事を見たら重い腰が上がりました。
 見終わっての感想…やっぱり「たば塩」期待を裏切らない!もう少し近ければ礫斉先生の時のように何度も見に行けるのに。7月3日までなので精緻な物が好きな人は是非ご覧ください。月曜休館、観覧料300円。引っ越ししたらお代が3倍になったのね。たばこ吸う人が減ったからかしら。
 スカイツリーも見物してきました。ああ、デカい。いろんな国の人達がベンチで寝そべるような姿勢で、塔のてっぺんまで入れての記念撮影をしていました。墨田区の下町っぽい雰囲気が旅行者までのんびり気分にさせるのかな。
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エコールドシモン展へ行く [ア−トとの遭遇]

今年は展示に参加していないので「お客様」として六本木のストライプハウスへ見に行ってきました。おお!やはり生徒もみんな己の道を突き進む作品を展示しています。すごいぜ、その姿勢揺るぎなし!もちろんシモン先生はその「シモン派」の棟梁、微塵も衰え無し!
 先生がまだまだ元気でまだまだいろいろ企んでいる姿に接すると、なんだかその元気が私にも流れ込むような気がします。
エコールドシモン展は22日(日)まで。六本木の芋洗い坂を転がって行けば横縞ビルのストライプハウスはすぐたどり着けます。
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アイヌの彫り物 [ア−トとの遭遇]

骨董市でつい買ってしまった物、それはアイヌの彫り物。「これってウキ?」とつらつら眺めていたらお店の人が「アイヌの彫り物だよ」と教えてくれました。キセルの吸い口なんじゃないかな…とも言っていました。
 以前に読んだ本で、アイヌの男性は小刀できめ細かな彫り物を施した木工をした。というのを読んだことがあったのでこの細工の細かさにも納得。鱗彫りという独特の細かな装飾彫りがアルメニアの石彫り「ハチカル」にも似ています。太古になにか交流があったのかなあ…なんて思いつつ眺めています。
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「スラム砦の伝説」を見に行く [ア−トとの遭遇]

新宿のK's chinemaでパラジャーノフ特集をやっているので、今日は「スラム砦の伝説」を見に行く。東南口から5分もしないぐらいの近い所にあるミニシアター。日替わり回替わり上映で「ざくろの色」は毎回満員だそうな。「スラム砦…」の方はそれほどは混んでなかったけど。パラジャーノフの他の映画同様にこの作品もアルメニアや周辺の国々の入り組んで、もつれ続けた歴史が織り込まれている。映画の美としては「ざくろの色」ほど強烈ではないけど、この作品もまた深く心にしみ込んでくる。
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パラジャーノフ:レクイエムを観る [ア−トとの遭遇]

日曜日まで代官山でアルメニア文化週間展がありました。その最終日にアルメニアの短編映画として「パラジャーノフ:レクイエム」が上演されました。パラジャーノフのインタビューや仕事の様子、彼の映画作品とその時の彼の状況、ベネチア映画祭の同行記録が約1時間の映画になっています。生き生きと語り続けるパラジャーノフ。困難な時代を語ってさえ、生命のきらめきを感じさせる口調と表情。アルメニアにある彼の博物館で彼のアート作品を見た時「パラジャーノフはとても陽気で心が外に開かれていて、また他人を温かく包む人なんじゃないかな」と感じたのだけど、この映画の中の彼はその通りの人でした。
残念なことに、この短編映画の情報が広がっていなかったらしく見ていたのは5人ぐらい。ああ、もったいないな。この映画は博物館の館長さんから特別に頂いたもので、日本では初公開だったのに…。
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画像はパラジャーノフ博物館の中庭に飾られていた彼の写真。彼の不屈の精神と開かれた心が強く伝わってきます。
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アートマルシェ展の詳細 [ア−トとの遭遇]

12/23(水)~26(土)までのアートマルシェ展の時間が変更になったので再度のお知らせです。
12:00~18:30 最終日26日は17:00まで  です。
場所は中央区銀座1-9-8 奥野ビル4F Gallery銀座一丁目 です。
13名の作家たちがアクセサリーや小物などを展示販売します。私は小さなビスク人形を3体。画像のお人形の後ろにあるのは大きさを比べるためのCDです。ぜひお寄りくださいね。
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ついにアルメニア12 [ア−トとの遭遇]

アルメニアと言う国を語るのに避けて通れないのは1915年から数年間にわたってオスマントルコによって行われた大虐殺です。当時アルメニアはオスマントルコとロシアに分割支配されていて、トルコ側でアルメニア人への猜疑心が強くなり彼らを国外退去させることとなったのでした。
 まず政治家や知識人が殺され、神父たちが殺され、男たちが殺された後、女子供がシリアやイラクへ追いやられました。追いやられた…などというレベルではなく数年間でアルメニア人150万人が殺されたということです。
現在アルメニアの人口は約300万人。ですが海外に約700万人。海外に逃れた人々も多かったのです。

この大虐殺(ジェノサイド)のための慰霊碑がエレバンにあります。慰霊碑の隣には資料館もあり、何が起こったのかを教えてくれます。
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バラさんの説明によると、この記念碑はアルメニア人がみんなで力を合わせて作った物なのだそうです。岩だらけの丘にみんなが協力して、力仕事が出来ない子供たちは木を植えて、作ったのだそうです。
この日も冷たい雨の中を子供たちが、親や先生に連れられて大勢来ていました。
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 たまたまアルメニアの讃美歌を聴きたいとユーチューブで検索したら「お婆ちゃんの入れ墨」という外国のドキュメンタリーを見つけました。国外追放させられた幼い少女たちの身の上に何が起きたか…。胸が締め付けられます。
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過酷な歴史を生き抜いてきたアルメニアを知ると、人々の優しさもいっそう沁みてきます。旅の終わり、3度目のパラジャーノフ博物館へ行った時やっとアララトがくっきり見えました。アルメニア人にとって聖なる山アララト。でも今はトルコ領なのです。
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ついにアルメニア11 [ア−トとの遭遇]

ホテルの名前が「ベルリンホテル」となったのは…。1988年のアルメニア大地震でギュムリ市、スピタク市、キロカバン市は壊滅的被害を被りました。その時ドイツはギュムリのここに病院を作って支援してくれました。その後、その施設をホテルに改装し、ドイツに感謝をこめて「ベルリン」と名付けたのだそうです。
 朝食を取りにホールへ行くと中庭にいるワンコがガラスドア越しにお誘いをかけてきます。中庭に出ると、大歓迎してくれます。抱きしめると柔らかくてむっちり密生した素敵な毛並みでした。
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中庭にもアート作品が展示されています。いかにもかつては病院だった感じのするホテルは平屋。
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10時にはホテルを出てスピタクへ行くことになったので大急ぎでギュムリの朝市を見に出かけました。
朝市の街角から見える古い教会。後でギュムリの街を調べるとたくさん見どころがあったようですが、スピタクへ行って夕方までにエレバンに帰りアート展を搬出する…と言うスケジュールではのんびり散策はしていられません。残念。
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朝市のお店。ギュムリ駅からホテルまでの途中にあったお店も、こんな感じのプレハブっぽい小さな店舗でした。ギュムリの他の場所を見ていないので、これがここらのスタンダードなお店の大きさなのかはわかりません。
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八百屋さんも玩具みたいで可愛い。キュウリがずんぐりしていてズッキーニみたいでした。
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ギュムリからスピタクへは車で移動しました。今まで見てきたアルメニアの高い岩山の連続とは違う、これぞコーカサス!と言いたくなるような荒地あり、牧場あり、林ありのなだらかな山間地を猛スピードで走り抜けました(なので写真は撮るとぶれちゃって使い物になりませんでした)。
 アルメニアの人達って、とっても優しいし親切なんだけど、こと車の運転となると「スピード命!」「横断歩道?関係ねーぜ!」とブイブイ前のめりです。横断歩道でも青信号でもおちおち歩いていられません。が、だからと言って歩行者無視かと言えばそうではなくて、スピード出して走っていたのにスイっと止まってくれるし「ありがとう」と会釈をすると助手席に座っているおじさんたちが大喜びで手を振ってくれます。車はアクセル踏んでこそ!と思っているのかもね。

スピタク市に到着!ここに日本語のハチカルがあります。東日本大震災の慰霊の碑(ハチカル)を作ってくれて毎年追悼してくれているのだそうです。日本人はほとんど訪れない小さな地方都市で、もちろん日本語なんか読める人もいない所です。
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私たちをここに連れて来てくれたバラさんことヴァルディテルさんのHPのブログに、その話が詳しく載っています。バラさんは今、FBに情報をアップするように変わってきているので、ブログに載っているこの話はかえって探し出しやすくなりました。日本人がほとんど知らない話なのだと思いますが、こんな心で私たちを思ってくれる国があることが広く知られたら…と思います。
http://www.abic.am/index.php?option=com_content&view=category&layout=blog&id=8&Itemid=15&lang=ja

感謝の祈りをささげ、エレバンへ大急ぎで帰りました。その途中の道の駅というか休憩所で売っていたパン。おいしそうでしょ。美味しかったです。
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ここを作った人は最初、無料で使用できるトイレを作って向かいにコーヒーとパンを売るスタンドを作ったそうです。たいていこういうトイレは100ドラム(アルメニアの物価だと100円ぐらいかな。日本円だと30円弱)払うのにここはタダ。勿論たくさんの人が利用し、ホッとしたところでコーヒーとパンを買うのでスタンドは大当たり。少しづつお店を大きくして、今では立派で賑やかな休憩施設になっていました。
3人のユダヤ人でも一人のアルメニア人にはかなわない…と言うことわざがあるほどアルメニア人は商売上手なのだそうです。考え方が賢いのでしょうね。なにせチェスの学校があるくらいですもん。


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ついにアルメニア10 [ア−トとの遭遇]

アルメニア北部の古都ギュムリにイベント列車で行きました。今度は日本人だけ。でもイベント列車なのでアート関係の人達はたっぷり乗っていました。アルメニアの電車はあまりに古くて利用者は減る一方。このままでは廃線になってしまう!と学生たちが中心になって時々イベント列車に仕立てているそうです。
エレバン駅は市街地からはちょっと離れています。ソ連時代の建物らしく大きいことは大きいけどあまり愛想が無い駅。
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よく見ると柱にはソビエトのシンボル「鎌とハンマー」。ソビエト時代の建物にはたいていこのマークが入っていました。
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待合所には陽気な農家のお母さんたち。行商に行くのか、帰りなのか。お母さんたちも珍しいパンダ(私たち日本人)に興味津々で人懐っこく微笑みかけてきます。ええ、もちろん愛想よくしました、パンダですもん。
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列車は2両。1両目は木のベンチ、2両目は鉄にリノリューム。車幅は日本の1.5倍はありそう。電車の中というより病院の待合室みたいでした。天井、よく見ると折鶴が沢山ぶら下がっています。
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私はリノリュームの方の車両に座りました。女子学生が自分たちの席に絨毯を敷き、壁にも布を下げ、テーブルを置いて伝統的アルメニアの部屋っぽく演出して、コーヒー占いをしてくれました。コーヒー滓で占うって眉唾だと思っていたんですが色々な事が当たっていてびっくりしました。
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ギュムリのハンサム兄弟アーチストも乗り込んでいました。二人は金属の立体作品をそれぞれ作っています。お父さんもアーチストだそうな。アルメニアは美人の国ですがハンサムの国でもあるのです。ハンサム(弟)さんとアルメニア美人のバラさん。バラさんは美人の上に凄腕事業家。アルメニアへの旅はぜひバラさんの旅行社をご利用ください。日本びいきで日本通です。
http://www.abic.am/index.php?option=com_content&view=frontpage&Itemid=1&lang=ja
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列車の中ではアルメニアチームと日本チームとで歌合戦。みんなで歌を歌う習慣があるアルメニアチームの一方的大勝利でした。などと楽しく過ごして夕方にギュムリに到着。構内のホーム入り口の上に機関車のオブジェが。いかにもソ連ってかんじ。
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駅前はこんな。高層建築が無くて道がやけに広い。エレバンより北ってだけじゃなくなんか寒いのは風通しが良い街並みだからかなあ。あるギュムリ9.JPG

夕暮れて来たし、ホテルに案内してくれるアルメニア人は足が速いのとでギュムリの街、あまり写真に撮れませんでした。住宅地の辺りを歩いてもせいぜい2階建て。こじんまりした感じが気に入りました。でも中は広いのかなあ。
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ギュムリの街の特徴は窓の鉄の柵がとても美しい模様になっていることだそうです。
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真っ暗くなった頃、今晩の宿「ベルリンアートホテル」に着きました。名前の由来は次回に(まだ続くのかい!)
アートホテルと名乗るだけあってロビーも廊下も各部屋にもアート作品が展示してあります。
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作品展が出来る広い部屋も2つあって、私たちが着いた日は「子供たちにガラスでオブジェを作らせ、それを並べてガラスの街を作る」というプロジェクトをヨーロッパ各地で行っている方のオープニングでした。
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こじんまりした、でも素敵なホテルでした。一泊じゃもったいない。味わい深い年代物の列車も忘れ難い。またあの列車でのんびりギュムリへ旅をしたいなあ。
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ついにアルメニア9 [ア−トとの遭遇]

遺跡ばかりが続いたのでエレバン市内の様子を。
ホテルはエレバン市のほぼ中心地でしたが、ちょっと行くと古い無人の建物と、その向こう側の建築中のビル…と言った風景が目につきます。味わい深い建物が無くなっていくのは残念だけど。
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ハチカルを作る工房がありました。
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この建物は200年前のフランスの機関のもの…と迷子の私を送ってくれたアルメニア人青年が説明してくれました。彼に限らずアルメニア人は親切で、迷子は放っておきません。
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ブルーモスク。キリスト教徒の国だけどイスラム寺院も大切にしています。とてもきれいなモスクです。回廊にイスラムの美術品も展示されていました。穏やかな場所でした。
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ブルーモスクに近い場所のスーパー。レリーフが凝っています。前にここを訪れた人が驚くぐらい中は現代的になっていました。一年前は露店が集まっているような感じだったのだとか。
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夜のメインストリート。たくさんの人達が街に繰り出していますが、ガラの悪い人たちを見ることも酔っ払いが大騒ぎすることもなく、いたって健全安心。日本の繁華街より安全かも。
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週末と水曜日には共和国広場の横で蚤の市が開かれます。
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とっても広い会場に様々な物が売られています。アンティークもあれば現代の物も。現代の工芸品もとても手が込んでいます。楽器のミニサイズを売る人も多かった。
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それらを見ると民芸博物館の収蔵品を思い出します。いやはや、すんごい精緻な工芸品が並んでいてそのレベルの高さに度肝を抜かれました。
木工
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金工
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手芸
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細密な作品ばかり!アート展の企画運営、通訳&アルメニア紹介をしてくれたバラさんによると、ソビエト解体後に独立したアルメニアは大地震で原発が止まったこともあり7年ぐらい大混乱。会社に勤めていた人たちも仕事が無くなってしまったので食べていくために何かを作って売った。だからアルメニア人はみんな何かを作ることができる。ということです。それにしてもこの精緻な作品を作り上げるアルメニアの人達ってすごい。この性質は今も受け継がれているようで、ヒカリセンターに集まる子供たちの折り紙作品がまたすごい。
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ホールに飾られている折り紙の薬玉。色合いが日本とは違う素敵なセンス。
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こんな小さい物も折っちゃう。
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お別れするときに私たちの姿が見えなくなるまでずっと手を振って見送ってくれました。ありがとう。
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ついにアルメニア8 [ア−トとの遭遇]

きのう続きが書き込めなかったので今日はとっても長いかも。
さて、ゲガルド修道院からさらにバスは走り、切り立つ岩の中の道を走る走る…。ようやく止まって昼食と言うことになりました。はて、こんなところにレストランなんてあるのか?事情が呑み込めない日本人達、陽気に盛り上がるアルメニア人たちの後に続くと岩山には洞窟が!
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この洞窟の道を隔てて向かい側はこんなふう。すんごい岩場でしょ。つくづくアルメニアって石の国なんだなって思う風景です。
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アルメニア人たちが陽気に乗り込んだ洞窟はピクニックができる場所。洒落た鉄柵で囲われています。
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洞窟の中は結構広く、テーブルや椅子があり、アルメニア人たちは持参してきた色々なパン、チーズ、ハム、ワイン、果物を手際よく用意し始めます。あっけにとられる日本人達。アルメニア人はピクニックが大好きなので、みんなで出かけるときはそれぞれが分担して食べ物などを用意するのだそうです。
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洞窟の外では天幕を張ってピクニックを楽しんでいたグループがバーベキューをしていました。串刺しで焼いた肉や野菜を、壺のような窯に木の枝と共に入れて蓋をして燻製にしていました。私たちが興味深そうに見ていたら蓋をずらして中を見せてくれました。
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お腹もいっぱいになった私たちと陽気なアルメニア人たちを乗せてバスはさらに走り、夕方近くにロープウエーの駅に到着。このロープウエーはギネス認定の世界一の長さを誇ります。時間が迫っていて車体を撮影し損ねました。はるか遠くの終着点を目指し、ゆらゆらと進みます。
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とーーっても下の方に村が見えます。山すら目の下です。鳥になった気分。
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終着点にはタテフ修道院が。湿気を含んだ空気でちょっと霞んでみえます。
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ふう、やっと昨日書いておきたかった地点までが済みました。まだまだ続きますのでお疲れの方は一息入れて下さい。
で、タテフ修道院に入ってみましたとも!タテフ修道院は9世紀に建てられたのだそうです。単なる宗教施設ではなく「大学」と言った面もあったそうです。たくさんの学僧たちが生活していた施設が残っていました。
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図書館だった部屋。
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食堂と厨房の前にあるホール。パラジャーノフの映画に出てきそうです。
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中にはこんな長いテーブルが。
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帰りのロープウエーの時間が迫るので名残が惜しいけど…。この建物の裏手に山の水が湧きだしている泉があり、アルメニア人が「この水はとてもおいしいよ」と飲んで見せたので、私ともう一人の日本人が水を飲んでみました。冷たくておいしい!……しかし私は平気だったのに飲んだもう一人は後日水アタリをして体調を崩してしまいました。私は平気だったんだけどなぁ…。
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ロープウエーの麓はレストラン。アルメニア人の何人かはここで休憩していました。アーミージャケットを着たおじさんから「どこから来たの?」と聞かれたことをきっかけにちょっと会話をしたら彼はアメリカに住んでいるアルメニア人でした。ここに限らずアジア系の外国人をめったに見ない国のせいかアルメニア人によく話しかけられました。皆さん私たちを見ると一様に「パンダちゃんだ~!見ちゃった~わーい!」って感じでとっても嬉しそうです。パンダ(私たち)としてもこんなに喜んでいただけると嬉しいですよ。
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ゴリスの街で一泊してこの日は6000年前のワイン醸造施設の遺跡を目指します。ゴリスは洞窟都市だった街。大昔、岩場の洞穴に人々は住んでいたのだそうです。確かにこの岩場なら敵が攻め込んでもうまく身を守れそう。
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町のパン工房。逞しいおばちゃんが楽しそうに粉を練っています。
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練ったパン種は手前の二人一組のおばちゃんたちが手早く焼き上げます。目にもとまらぬ早業でパンを広げてもう一人に投げると、焼き役のおばちゃんは大きなしゃもじで受け止め素早く窯の内側にぺたっと張り付け、あっという間に焼き上げてテーブルの上に積み上げていました。
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大きな紙のようなパン。食べるときに適当な大きさに切って何でも好きな物を巻いて食べます。素朴な味ですが大好きになりました。
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途中、大きなクルミの木の下テーブルで、またアルメニア流のピクニックとなりました。樹の下に落ちている樫胡桃を拾ってみんなで食べました。樫胡桃は殻が脆いのでコツさえつかめば手で割れます。ピクニックをした場所のすぐ脇にはおしゃれなカフェが。アルメニアでは黄色くなるモミジが多いのですがお店の庭には綺麗な赤色の蔦が。雨に打たれていっそう色鮮やかでした。
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そしてついに5000年前、もしくは6000年前のワイン醸造の遺跡到着!2011年に発見されたのだとか。柵の装飾がすてき!
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発見されたのは岩場の洞窟の奥深く。
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この奥ですか。発見した人は勇気があるなあ、なにか言い伝えでもあったのかしら。
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入り口から見るといかにとんでもない岩場かお分かりいただけるかと。
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鍾乳洞の中みたいにくねくねとした中をしばらく歩く。こんなところで本当にワインを作っていたんですかね?禁酒法でもあったわけでもなかろうに。やっと遺跡にたどり着くと先頭を歩いていた管理人のおじいさんが説明を開始。
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アルメニアは大きな壺を地面に埋めてワインを醸造するのだそうです。大昔からそうしてたんですね。奥にも遺跡はありそうでしたが見せてもらえるのはここまで。
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洞窟を出て、改めて洞窟のあった岩山を撮る。ここの人達は岩山と共に生活してきたんだなあ…。
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エレバンへの帰り道は日本人達はほぼ爆睡。アルメニアの人達は、まだまだ陽気に楽しんでいます。途中の休憩で外に出ると雲が晴れはじめて光が射してきました。うっすらアララトも見えます。
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陽気で心暖かなアルメニア人アーチスト達との楽しい旅行でした。



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ついにアルメニア7 [ア−トとの遭遇]

私たちがアルメニアの南部に一泊二日の遠足をすると聞きつけたアルメニアのアーチスト達も加わってゴリス地方へバス旅行となりました。アルメニア人は陽気で人懐っこいし語学学習力抜群です。あっという間に「いち、にい、さん」「みなさーん」「もう一回」(写真を撮るたびに日本人が繰り返すのですぐ覚えちゃったんですが、日本人側はアルメニア語の1,2,3を覚えるだけで四苦八苦。)
薄曇りの中、ブドウ畑の上にうっすら見えるアララト山!
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アララト山って2つの山頂があって右側が大アララト、左が小アララト。小アララトは富士山そっくり。高さも同じぐらい。 ブドウ畑の傍らには農家のおじいさんたち。随分涼しくなっていたのに道端でとんでもなく大きなスイカを売っていました(並べてただけ?)。
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バスの中では今回のアート展の企画運営をぬかりなく進めた上、ご自分の旅行会社も経営している関係で私たちの旅のセッティングまでしてくれた辣腕美人企業家のバラさんが、日本人には日本語でアルメニア人にはアルメニア語で楽しいお話をたっぷりしてくれました。

まず最初はホルビラップ修道院。リプシメを石打の刑にした王様は、アルメニアに布教にやって来た聖グレゴリウスを牢獄に13年も幽閉していました。ホル=深い ビラップ=穴、牢獄。その後原因不明の病に悩まされた王様がグレゴリウスを牢獄から出すと、病は癒え、王様もキリスト教徒に改宗し、エチミアジンも作ることとなった。 そのグレゴリウスが幽閉されていたという深い牢獄が今も残っていて潜ってみることも可能です。
アルメニアの美術学生たちの集団と偶然一緒になり、記念撮影を繰り返しているうちに時間が無くなり修道院の姿を撮影し損ねました。中の祭壇はこんな。アルメニア人アーチストの方々のお祈りする姿に打たれます。
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ホルビラップを後にして、やけにバスは先を急ぐ。「ミサの時間に間に合うかしら」とバラさんはやきもきしています。すんごい斜面のその上にポツッと教会が出現。え?周りに村あったの?とびっくりする間もバスは全速力で教会を目指す。ミサが始まるその時間に到着!
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着いたのはノラバンク。新しい教会(修道院)と言う意味だとか。新しいって言ったって13~14世紀に出来たのね。さすがアルメニア!教会ではミサが始まっていました。ミサは神父様が歌っているように聞こえます。とてもいい声です。
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途中で祭壇に幕が広がり神父様はその中で祈りをささげています。
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再び幕が開くと神父様は参列者たちを祝福します。小さな子供(赤ちゃんかな?)が祝福されています。
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外に出て教会を眺める。ノラバンクです。
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鐘楼は有名な建築家が作った最高傑作なのだそうです。
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鐘楼の向こう側にはふるーーいハチカル(石の十字架)と絶妙な石組みの家?倉庫?が。
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さっきミサをしていた神父様が登場。神父様はお仕事の合間に「ここでしか撮れない絶景」を写真に撮って発表しています。今回のアート展にも素晴らしいアララト山の写真を展示していました。「アート展を見に行くことはできないけど、参加できて光栄だ」と語っていました。手に持っている写真は冬景色。カラー写真なのに水墨画のようでした。
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あら、しまった、まだ続きが書きたいんですが雑用発生。続きは夜にでも。まだまだアルメニアの絶景は続きます。


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ついにアルメニア6 [ア−トとの遭遇]

ゲガルト修道院は屏風のような岩山の中腹にあります。まさに修道する場所と言った印象です。
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どこに修道院があるか分かりにくかったですか?中央右寄りの濃い緑の樹の右側です。もう少し寄った画像だとわかるかしら。
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修道院のすぐわきに頭巾をかぶった修道士のような岩が!
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洞窟修道院もあります。くりぬいた岩の中に入って行きます。
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中はこんな感じ。本当はかなり暗かった…。ところどころに天窓のような穴があるので真っ暗ではなかったのですが。天から差し込む日の光がとても神秘的です。アルメニアの讃美歌をここで聞いたのですが、洞窟内に柔らかく響いて昇った歌声がはらはらと降って来て体を包み込む…そんな感覚でした。聖なるものが息づいているんですね、ここには。
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洞窟じゃない修道院はこっち。
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中はこんなふう。簡素だけど石に彫りこまれた模様は(アルメニアの他の教会と同様に)素敵です。
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教会の周りは秋の木々がとてもきれい。岩山の屏風に取り囲まれているとは思えません。
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教会のふもとは地元の農家の人々が自家製の乾燥果物やナッツのお菓子などを商っています。「大きなハエがたかっている!」と思ったらソレはミツバチでした。ミツバチもてっとり早く甘い物を集めたいのかな。果物を煮溶かしてシート状にして乾燥させたらしいものを何種類も売っていました。試しに1枚買ってみたらとてもおいしかったのでもっとたくさん買えばよかった…と後悔。
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旅の〆はガルニ神殿。紀元前1世紀のヘレニズム建造物だそうです。17世紀の地震で壊滅したのを1976年に再建したのだとか。これに限らず地震などで崩壊した遺跡は海外にいるアルメニア人が修復の費用を出していたりするようです。アルメニア人はとても祖国愛が強いのです。
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ガルニ神殿のあるあたりもダイナミックな地形。ああ、写真では伝わらない~!凄いんです!実物を見てほしい。
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神殿の向こう側の崖はずいぶん遠いんだけど画像じゃどうにも伝わらない。……無念。最後の画像をよく見ると小さく人影があるので、何となく分かって頂けるでしょうか。
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ああ、やっと遠足1の様子をアップできました。この後1泊2日の遠足が2回あったんだけど、アップ完了できるのかしら。とってもイベントがぎゅうぎゅうだったアルメニア旅だったんです。

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ついにアルメニア5 [ア−トとの遭遇]

朝早くからエレバン郊外の世界遺産を見にみんなで遠足となりました。最初はリプシメ教会。
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非キリスト教徒だったローマ皇帝のプロポーズを拒みアルメニアへ逃れてきたリプシメと言う女性は布教をしていたところをアルメニアの王様からまたしてもプロポーズされてしまう(さぞや美しい女性だったのでしょうね)。当時王様は非キリスト教徒。こちらも断ったところ彼女は石打の刑で殺害されました。その後618年にその場所に建てられたのがこの教会。 ちょうど神父様がミサをしていました。
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シャンデリアを真下から写してみました。
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リプシメの棺がある地下へ。アルメニア美人たちはこんな場所で写すと「名画」と間違えちゃうほどの情感が出ます。
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美人って災難も大きいのね…と棺に描かれた肖像画をしみじみ眺める。
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女性を祀った教会だからか、花壇がとてもきれいでした。階段下では色合いも素敵なネコちゃんが「招き猫」してました。猫ながらお仕事は完璧。私らみんな、猫に吸寄せられたもの。
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エチミアジンはアルメニア正教の総本山。カソリックの総本山がバチカンならキリスト教の総本山はエチミアジンなのだそうです。入り口の門からデカイ!さすが。
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敷地に入ると広っ!
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アルメニア人の大虐殺の慰霊碑と施設もありました。この話はまた後で。
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教会はただいま修理中。教会自体は最初301年~303年にかけて建設され、その後7世紀、17世紀、18世紀に立て直されたのだそうです。聖グレゴリウスと共にこの教会を建てたのはリプシメを石打の刑にした後でキリスト教徒になった王様。王様も波瀾万丈の人生でした。
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入り口のシャンデリアも真下から撮ってみました。
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中はこんな感じ。ヨーロッパの教会に比べて簡素な感じがします。威圧されないから好感度増すのかな。
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祭壇。シャンデリアはさすがにゴージャスです。
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祭壇の下には聖母子と十二使徒の絵が美しい。
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宝物展示室もありました。もちろん宝飾品もあります。これは法衣と杖。杖のモチーフはドラゴン。
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煌めくお宝の中で断然格が高い2点のうちの1点はこの槍。磔にされたキリストが本当に死んだか確かめるために刺した槍の先…なのだそうで、これはもともとはゲガルド(槍)修道院にあったものだそうです。これで刺されたら…とっても痛そう。
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もう一つはノアの方舟のかけら…だそうです。ノアの方舟はアララト山に流れ着いたということで、100年前まではアララト山はアルメニアのものだったのです。
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ふう、本当はガルニ神殿とゲガルド修道院まで漕ぎ着けたかったけど、ここまでにします。(実際にはこの4遺跡を一日で巡ってその後のみの市をぶらつき、夜はアルメニアの作家さんのお宅訪問…という非常にハードな日程でした)


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ついにアルメニア4 [ア−トとの遭遇]

23日のレセプション(夕方)前に、エレバン郊外の古い教会を見に行きました。最初はサグモサヴァンク。ヴァンクとは修道院の事なんだそうです。
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で、この修道院のあるのは渓谷の端っこ。渓谷ってより地球の割れ目ってかんじ。割れ目の向こうから気の流れが向かってくるのが分かるのでパワースポットなんだろうなあ。
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中はこんな。ホントはもっと暗くていい感じなんですがデジカメは明るくなってしまいます。
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美しいシャンデリア。こういった鉄の細工も素晴らしく、その後も教会に行くたびにうっとりしていました。
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教会のホール。
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次はオハナヴァンク。その昔敵に攻められてこの教会に立てこもった村人たちは最後はことりになって窓から逃げた、と言う伝説を聞かせてもらいました。赤と黒の石組がきれいです。
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この教会も地球の割れ目の縁にあります。教会の裏はすぐ崖。教会を横から見た画像の右側が深い崖なのが何となく分かるのでは。
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内部。この急な階段の上は懺悔室の入口。武器を持って入れないようにするための狭くて急な階段です。アルメニア正教では神父様にではなく、神様に直接懺悔するのだそうです。階段の途中の穴は王様のための部屋の窓。王様はミサを聴きながら戦いで死んでいった部下を思い涙を流すのだけれど、王様が泣くところを他の者たちに見せないために部屋を囲って神父の声は聞こえるように小さな窓を開けてあるのだそうです。王様って孤独だなあ。
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隣の部屋。天井につるされたガラスのランプ壺の赤色がきれいでした。
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教会のホール。簡素で黒い色で柱が太くて外の光がいい感じに差し込んできて…、東大寺を連想しました。
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一緒に旅をした人からもらった写真。オハナヴァンクがとてもいい感じに撮れていますが何やら小さな虫たちが写っている?
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虫たちの正体は、台地の割れ目の向こうからこちらに向かってくる気の奔流を自分たちの体に取り込もうとしている私たちでした。本気でやってたんですが傍目にはかなりマヌケだったんですね。
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ついにアルメニア3 [ア−トとの遭遇]

今回は肝心のアート展の様子を…。
会場はエレバン中心地の南端と北端の2か所。22日から開催なのは南側にある市庁舎の中。市庁舎、とても大きな建物です。正面にエレバン市の地図が彫られています。このバラ色の石はアルメニアの特産の石。近代の建物はこの色の石が、古い時代の物は黒い石が使われています。アルメニアには石がふんだんにあるのと建築の才能があるのとで主だった建物はとっても大きくて立派です。
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なんとテレビの取材まで来ました!
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会場に花を添えるアルメニア美人たち。ホント美しい女性がいっぱいで日本人男性の鼻の下はノビっぱなし。アルメニアでもコスプレーヤーが出て来たそうです。ピンクの彼女は日本語ペラペラ。通訳もしてくれました。
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アルメニアやヨーロッパのアート関係の人々も駆けつけ、ぎゅうぎゅう状態の会場。
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23日は民芸博物館でのアート展が始まりました。こちらもとても大きな建物なんですが分かりにくいかな?クラッシックな感じが素敵。私の作品はこちらに展示されました。
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入り口のドアはとても大きな木のドア。見上げるようだったんですけどね。
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こちらも取材陣がスタンバイ。私もインタビューされました。キンチョー。
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作品はこんな感じに展示しました。振袖の着物は皆さんとっても喜んでくれました。苦労して運んだ甲斐があったー!
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男性女性、子供も大人も高齢の方も、ここアルメニアでも人形が好きな方が多くてびっくり。アルメニアは工芸のレベルが非常に高くて素晴らしいのですが人形に関しては素朴な物しか(街を見た感じでは)無かったので、私が作るような人形はとても珍しかったのだと思います。質問もたくさんされました。嬉しい反応です。
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沢山のお客様で、こちらの会場も大盛り上がり。消防大臣(!)も来て下さって、記念撮影なんかしちゃいました。私の人生で「大臣」と肩を並べることがあるなんて!よーーし、いつかは陛下と園遊会だ!
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ついにアルメニア2 [ア−トとの遭遇]

エレバンの街の様子を続けます。エレバン市の中心街はそんなに大きくありません。一番北にあるカスカードから南西端のパラジャーノフ博物館まで歩いても3キロぐらい。街の中心は共和国広場。天井の高い石造りの立派な建物がぐるりと囲んでいます。
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アルメニア人は古代から建築の才能があって外国でも重用されてきた歴史があるそうです。なるほどとっても重厚感あります。
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北端にあるカスケード、台地を利用した階段状の美術館です。入り口前の公園にもたくさんのアート作品が置かれています。
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中を入ると長いエスカレーターがあり、登りながらアート作品を鑑賞できます。ところどころで外階段にも出れて、外階段の踊り場にもアート作品が展示してあります。この階は中国人作家の古タイヤを使ったライオン像。
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踊り場から街を見れば正面突き当りはオペラ座。夜にはアルメニアで一番有名だというオペラをみんなで見ました。日本円だと1300円ぐらいでS席が買えます。子供もたくさん鑑賞に来ていてオペラは生活の一部のようです。もっとも私たちの前の席にいた15歳の女の子たちは初めて見る東洋人に興味津々でオペラどころじゃなかったみたい。質問攻めにあいました。
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大通りは歩道も広い。大きな街路樹に覆われていて仙台みたい。エレバンの街はとても大きな樹がいっぱい植えられていますが、これはいざと言うときの燃料確保も兼ねています。1988年の大震災は大きな爪痕を残し(原発が止まった)子供たちも冬山へ木を切り出しに行かされるなどなど耐乏生活を長期間強いられたことの教訓なのでしょう。
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そんな歩道を歩いていると突然遺跡のような教会が!ここ、東京でいえば原宿明治通りみたいなところなのに?
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古い教会はとっても小さいので後ろに新しい教会が包み込むように立っています。古い教会は3人も中に入ったら満員。
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中はこんな感じ。実際はもっと暗いんですが。日本の古いお堂に似たものを感じます。
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素敵な高級ホテル。このホテルの2階のフレスコ画がゴージャスなお部屋でアルメニアの新聞や雑誌の取材を受けました。緊張のあまりピンボケ発言してたかも。アルメニアのテレビの「徹子の部屋」みたいな番組に出た日本人メンバーもいました。なんか、凄いことになっていました。
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アルメニア料理はどれを食べても本当においしかったです。ワインも美味しい。バターでこってり…と言うお料理に当たらなかったせいか(もしくは、そういうお料理がほとんどないか)胃がもたれることもなかったし。野菜はともかく美味しいので私、アルメニアに1年ぐらい住んでも大丈夫かも。日本食が無くても飽きないだろうなあ。 レストランではアルメニアの歌と音楽も楽しみました。歌手のおじさんもアルメニアでは珍しい東洋人を前にいつもよりノリノリで声を張り上げていたんじゃないかと。
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