So-net無料ブログ作成

ついにアルメニア11 [ア−トとの遭遇]

ホテルの名前が「ベルリンホテル」となったのは…。1988年のアルメニア大地震でギュムリ市、スピタク市、キロカバン市は壊滅的被害を被りました。その時ドイツはギュムリのここに病院を作って支援してくれました。その後、その施設をホテルに改装し、ドイツに感謝をこめて「ベルリン」と名付けたのだそうです。
 朝食を取りにホールへ行くと中庭にいるワンコがガラスドア越しにお誘いをかけてきます。中庭に出ると、大歓迎してくれます。抱きしめると柔らかくてむっちり密生した素敵な毛並みでした。
あるギュムリ17.JPG

中庭にもアート作品が展示されています。いかにもかつては病院だった感じのするホテルは平屋。
あるギュムリ16.JPG

10時にはホテルを出てスピタクへ行くことになったので大急ぎでギュムリの朝市を見に出かけました。
朝市の街角から見える古い教会。後でギュムリの街を調べるとたくさん見どころがあったようですが、スピタクへ行って夕方までにエレバンに帰りアート展を搬出する…と言うスケジュールではのんびり散策はしていられません。残念。
あるギュムリ18.JPG

朝市のお店。ギュムリ駅からホテルまでの途中にあったお店も、こんな感じのプレハブっぽい小さな店舗でした。ギュムリの他の場所を見ていないので、これがここらのスタンダードなお店の大きさなのかはわかりません。
あるギュムリ19.JPG

八百屋さんも玩具みたいで可愛い。キュウリがずんぐりしていてズッキーニみたいでした。
あるギュムリ20.JPG

ギュムリからスピタクへは車で移動しました。今まで見てきたアルメニアの高い岩山の連続とは違う、これぞコーカサス!と言いたくなるような荒地あり、牧場あり、林ありのなだらかな山間地を猛スピードで走り抜けました(なので写真は撮るとぶれちゃって使い物になりませんでした)。
 アルメニアの人達って、とっても優しいし親切なんだけど、こと車の運転となると「スピード命!」「横断歩道?関係ねーぜ!」とブイブイ前のめりです。横断歩道でも青信号でもおちおち歩いていられません。が、だからと言って歩行者無視かと言えばそうではなくて、スピード出して走っていたのにスイっと止まってくれるし「ありがとう」と会釈をすると助手席に座っているおじさんたちが大喜びで手を振ってくれます。車はアクセル踏んでこそ!と思っているのかもね。

スピタク市に到着!ここに日本語のハチカルがあります。東日本大震災の慰霊の碑(ハチカル)を作ってくれて毎年追悼してくれているのだそうです。日本人はほとんど訪れない小さな地方都市で、もちろん日本語なんか読める人もいない所です。
あるギュムリ21.JPGあるギュムリ22.JPG

私たちをここに連れて来てくれたバラさんことヴァルディテルさんのHPのブログに、その話が詳しく載っています。バラさんは今、FBに情報をアップするように変わってきているので、ブログに載っているこの話はかえって探し出しやすくなりました。日本人がほとんど知らない話なのだと思いますが、こんな心で私たちを思ってくれる国があることが広く知られたら…と思います。
http://www.abic.am/index.php?option=com_content&view=category&layout=blog&id=8&Itemid=15&lang=ja

感謝の祈りをささげ、エレバンへ大急ぎで帰りました。その途中の道の駅というか休憩所で売っていたパン。おいしそうでしょ。美味しかったです。
あるギュムリ23.JPG

ここを作った人は最初、無料で使用できるトイレを作って向かいにコーヒーとパンを売るスタンドを作ったそうです。たいていこういうトイレは100ドラム(アルメニアの物価だと100円ぐらいかな。日本円だと30円弱)払うのにここはタダ。勿論たくさんの人が利用し、ホッとしたところでコーヒーとパンを買うのでスタンドは大当たり。少しづつお店を大きくして、今では立派で賑やかな休憩施設になっていました。
3人のユダヤ人でも一人のアルメニア人にはかなわない…と言うことわざがあるほどアルメニア人は商売上手なのだそうです。考え方が賢いのでしょうね。なにせチェスの学校があるくらいですもん。


nice!(0) 

nice! 0