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私の「松山俊太郎先生と私」2 [松山先生と]

先生との交流が再開し、時々美学校の先生の特別講義に行きました。インド哲学…なんだかさっぱりわかりませんでしたが出てくる数字の単位が聞いた事が無いぐらい大きくて煙に巻かれた様でした。先生は語源の梵語が英語、ラテン語、中国語、フランス語にどう変化して意味が変わっていったか…などというお話もしてくださってとても面白かったのですが、なにせ知的レベルが違いすぎて。
 講義が終わると「御用とお急ぎでない方は…』と言う口上で飲み会になだれ込んでいました。〆はみんなが必ず茶碗蒸しを注文していました。
 と、きっかけは何だったのか、年末にやっているという「オールナイトトランプ大会に参加しないか」と誘われ下北沢のNさんのアパートへ集まりました。ぱらぱらtとやって来ては帰っていく人達ありの出入り自由で、たぶん常時6,7人だったでしょうか。飲みつつ食べつつ延々「ナポレオン」をやりました。
 夜も更けていくほどに元気にやんちゃになっていく先生。やたらナポレオンに立候補、しかも無茶な条件で。するとみんなも争うように立候補します、やはり無茶な条件で…。なんでかと不思議に思っていたら「先生がナポレオンになって、副官に指定されたら負け戦に巻き込まれて共倒れになっちゃうから、それを避けるためにみんな立候補してるんだよ」と解説が。先生がむちゃくちゃな立候補をするたびにみんなから笑いと悲鳴が起こり、明け方まで騒ぎ、一人二人と脱落して眠り始め、掛布団だけでは足りず敷布団にまでくるまり、寒さにみんなで「猫団子」状態で暖を取り…。早朝にそれぞれ帰って行きました。この年中行事はNさんが結婚して引っ越すまで続き、私の年末の楽しみでした。
 ある時、先生がご自宅の本棚を移動させるから手伝って欲しい…と言われて指示された本棚を動かしてみたところ…!その裏にはもう一つ本棚があって、しかも手前と奥の2層になっていることを知りました。つまり先生の書斎の壁のような本棚はすべて3層になっていたのです。「先生、こんな隠れたところにある本、一体どこに仕舞ったか覚えているんですか?」と聞くと「ほぼ覚えている、前は全部わかっていた」と言われてびっくりしました。私はかなり記憶力が弱いので先生に「後ろにある本をその並び順のまま前の本棚に移して」と頼まれたことすら難問だったのです。
 また先生のお宅は床も本の洪水で,本や新聞を踏まずに歩くということは不可能でした。しかし、先生はどこに何があるのか記憶しているので片づけることは許されませんでした。気が付くと食器棚や吊戸棚にまで本が入り込んでいました。そんななのにある日、ものすごく大きな段ボールに入った大量の書籍が!中国か台湾か忘れましたが漢字だらけのいかにも難しそうな本でした。「欲しいのは1冊だけだけど全集を買わないと手に入らないから…まだこの3倍は届く」と言う先生。なぜ先生にお金が無いのかがこのときやっと納得できました。
 ときどき先生はご自分が関わった本をプレゼントしてくださいました。これは国書刊行会の「日本幻想文学集成5谷崎純一郎 松山俊太郎編」 やはりサインと句を入れて下さいましたが、これもまた読んでいて寂しくなったのを覚えています。
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